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アラザル同人の西中です。 アラザルチームで動く際、席次を決めるための方法がいくつかありまして、一つはアミダくじ方式。最近はもっぱらコレ。 それから、かなり重要な局面では出身地の緯度順という方式も採りましたが、このブログを書く順番は単純にあいうえお順です。 ということで、いずれにせよ何かをする際の順番は学園ものホラーで顔の薄い順に殺されていく端役のごとく強制的に回ってくるものでありまして、今日も気がつけば馬車馬のごとく心を真っ白にして夜を徹するド平日にこのお鉢を承りました。 はい、以上を言い訳としまして、3年前に書いた批評的2次創作というかオマージュ小説を引っ張り出してきて掲載します。 タイトルは『都会のハルキ』。どぞ * * * 都会のハルキ 極めて順調だった今日の道程は、まるで停電に見舞われたパン工場のように、しゅーと音を立てて終息してしまった。あとにはもう、よそよそしい静けさが広がるだけだった。 <いるかホテル>を出てから1時間ほど自転車を漕いだところで、僕はそのことに気付いたのだった。財布がない。もう12年も使っているささやかな大きさの旅行カバンと一緒にホテルに置いてきたのだ。困ったことに、僕はいまとても腹が減っていた。そして見知らぬこの土地には、わざわざ僕の冗談を聞くために感じの良い昼食をおごりに来てくれる女友達はいなかった。 こんなときだからこそ、僕は努めて冷静であろうとした。僕は世界で一番タフな中年にならなければいけない。手始めに、ポケットの中に入っていた小銭を数え、目に付いたチェーン店に入った。 そこはオレンジ色の看板を掲げて全国に展開する飲食店で、画一的だが彼らの他には誰も再現できない味付けと驚くべき低価格によって、この国のファストフード業界に君臨するマンモス・チェーンだった。もし日本地図に彼らの店舗をいちいち記したなら、南北3000キロに渡ってびっしりと書き込みがなされ、都市部はオレンジ色に染まるだろう。そしてその日本地図に含まれている僕は、一度としてこのチェーン店で食事をしたことがなかった。つまりいまから僕が行おうとしていることは、地底人が何の用意もなく地上の文明に飛び込むような危険な行為だった。 スムーズに開閉される自動ドアを抜けて店内に入る。突如として、耳を塞ぐほどではないにしろ寝ている猫を起こすには十分な音量のロック・ミュージックが聞こえてきた。ボーカルは、まだ口の中で朝食を咀嚼しているかのようなこもった声で日本語の歌詞を歌っている。 オーケー、いま僕は、少しだけ後悔していることを認めよう。今日はオープンテラスのある小さなレストランを見つけて、そこで魚のソテーを食べるつもりだったのだ。できれば、スパゲティのおいしいイタリアンの店がいい。しかし実際には、僕はオレンジ色の看板の店でロック・ミュージックを聴いている。僕は現実へのもっとも穏やかな抵抗として、頭の中で「泥棒かささぎ」をハミングした。 席に着くと、オレンジ色のユニフォームを着た女の子が水を運んでくれた。黒いフレームの眼鏡が彼女の顔にとても知的な印象を与えている。ブラウスから伸びた腕はほっそりとしており、うぶ毛がかすかに金色に光っていた。彼女は眉毛をちょっと持ち上げるだけの仕種で、僕の目の前に既にメニューが用意されていることを教えてくれる。それは、とても上品で洗練されたコミュニケーションのように思えた。 メニューを手にとって、僕ははっとする。<豚丼>、これはなんと読むのだろう。たしか、北海道にも豚丼という料理があって、その読み方は<ぶたどん>だった。前部は訓読みで後部は音読みという、いわゆる「湯桶(ゆとう)読み」ってやつだ。しかしこれは特殊な読み方であって、一般的には<とんどん>と呼ぶべきだろう。このチェーン店で数年前まで主力だったメニューも<ぎゅうどん>だった。とすると、このメニューにある料理は<とんどん>だろうか? 伝票とボールペンを持ったまま困ったような顔をして立っている女の子に、思い切って僕は尋ねてみた。 「これは<とんどん>でいいの? それとも<ぶたどん>?」 「<とんどん>、それも正しいかも知れない。私たちのライバルチェーンの中には、そう呼ぶところもあります。けれど、ここでは<ぶたどん>と言うわ」 「一つの料理に対して、なぜいくつもの読み方があるんだろう。君はどう思うの?」 そのとき、自動ドアが開いて、ネクタイを締めたサラリーマン風の男が入ってきた。店員の女の子は、僕の伝票をその場に置き、新しい客に水を差し出した。客の方は、間髪を入れず「ぶたどん」と発音する。女の子も店の奥に向かって「ぶたどん」と言った。まるで、キッチンの奥に潜む<ぶたどん>に声をかけるように。 僕はもう一度女の子を捕まえて、読み方についての見解を求めた。 「どうも、僕以外の全ての人は<ぶたどん>と友達のようだ」 「あなたも<ぶたどん>でいいのね?」 「ねぇ、これは君にとっては些細なことかも知れないけれど、僕にとってはとても重要なことなんだ。<ぶたどん>問題を解決しないと、僕は僕でなくなってしまうかも知れない」 女の子はボールペンをあごにあて、少し考えてから「いいわ」と言った。 「あと1時間で仕事が終わるの。それまで待てるなら、一緒にその問題について考えてあげる。都合のいいことに、ここから5分も歩けば、私たちは快適な図書館で調べ物をすることができるわ」 僕は満足して、<豚丼>が運ばれてくるのを待った。自動ドアの向こう側は、うららかな午後の日差しに満たされていた。まるで、1分後に世界が終わったとしてもおかしくないような、完璧な午後だった。 そうしてしばらく外を眺めていると、ズボンの中で携帯電話が鳴った。取り出してゆっくり折りたたみを開く。液晶画面には、無機質な文字で<綿谷ノボル>という名前が浮かんでいた。遠くの方で、鳥が啼いたような気がした。
by critique_gips
| 2008-12-03 00:00
| 大体アラザルが毎日批評
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