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相談者:フェイクファーの麻里さん 先月号で、貴方様の連載を知り、いわゆる貴方様のイメージとは噛み合わない、相談者に、一冊の本を処方してくださるという、連載にヒントいただきたくってお手紙します。 私には五歳ほど年の差がある弟がいるのですが、彼が中学に入ってグレてしまいました。 そうなったことには、家の様子や、親や、友だちのこと、思春期についてなど色んな原因があるんだと思いますが、私は彼と話がしたいのです。役に立ちたい。だけど、おせっかいみたいな、押し付けがましいのは嫌なのですが、こんなワガママなアンニュイに効く、なにか、おすすめの本はありますか。 あったら、教えてください。 蛇足ですが、兄弟喧嘩なら貴方様にお願いしなければと思うところありました。 わたしは、いつもどこか、場に馴染めてなさそうな、はにかむ狂気のようなものを感じさせる貴方から目が離せません。 そういえば将来性のあるお弟子さんがあったようですね。 応援しています。 ------------------------------------------------------------------------------ 弟さん、大変なのですね。心中お察しします。 本についてなのですが、蛇足として、私に、じょうずに、皮肉をこぼされるあなたのことですから、いろいろとお読みでしょうし、小説や自己啓発の書なら、探すあてもお持ちかと思い、今回はすこし昔の漫画をお勧めしてみます。鈴木翁二という作家の「こくう物語」という作品です。 これは、おならがポコと腫れ、からすはカワと鳴く、月はこうこうと明かり、雨がパチパチと立つ、山間に住む、親の無い、姉弟の話しです。 時代は、歌われる歌詞や部屋に貼られている肖像画、あとは、姉に読まれる本の作者の名とおもわしき綴り、終わりに近い、ある挿話に、描かれている時代の、手がかりが読めそうですけれど、わたしには、はっきりと分からないのですが、姉弟も、共に暮らす老人やお手伝いの女性も、みな、着物を着ていますし、流浪の客人も着流しの旅人として現われるので、江戸より、もしかしたら、ふるい、物語の時代は、そのくらいのずっと昔かもしれません。 わたしは、山だとか、海だとか、川だとか、島という文字が、ただ名としてだけでなく、身として、うつつとして、重なるようにと託される社会に生きていますので、やおろずの神様について、思いをめぐらせるように、なったりもするのですけれど、なんというか、僭越なんですけれども、この、こくう物語の世界、身に染みる、そうであることは読み終えて気づいたのですけれど、わたし、染みていました、そのような作品として思いだされるのです。姉と、弟は、ふたりは、ふたりの暮らしは、いつも山に見守られている。川があり、ゆたかな、ときに、仇であるような、水が、いつもそこにある、そのような、物語です。 もちろん、読めばすぐわかるように、彼女たちに父と母がない、喪っている、亡くした、失望、満ちない、いつでもそうであって、それだけでなく、コマの、ときどきに、節々に、唇となにかが触れ合う描写があること、ときには唇でなくあからさまに舌と舌とが交じえられていること、目の当たりにすれば、そういった絵柄と出会えば、ドキリと、します、とても性的で、一まとめにしたら隠してしまうこともありますけれどキャロルやコクトーやがナボコフが少年少女のエロチズムを通して描いたコトガラと通じ合い、いえ、だけれど、そういう通じるところあるとしても、手順や、経緯は、もしかしたら真逆からの進みであるようにも読める、こういった、両親の不在だとか、少年少女の性的なコトガラについてなども、わたしは、こくう物語、そういったいろいろな面から惹かれるのですけれど、あなたに薦めたくなったのは、そうでなくて、ふたりが、姉弟が、ふたり、暮らしている、よい音を聞き、よい気を吸い、よい悲しみに暮れる、そのような、ふたりの、よい物語を、悪いあなたに、あ、もちろん悪いだなんて冗談ですけれど、ふふ、わたしは、あなたにこの作品を読んでいただきたくなったのでした。それと「こくう」という別の漢字について。 あなたのお名前、素敵ですね。お手紙にあった、あなたのお名前が素敵でした。春風の季節に約束を交わしたくなります。わたしはその頃は大阪にいますけれど、思えば、こくう、は、漢字で書くと、虚しくて空っぽということですけれど、虚しくて空っぽになっている人を見た人は、おそらく、虚しくて空っぽにはならず、それに、虚しくて空っぽになっている人のことを、虚しく、空っぽなひと、とは見えないのではないでしょうか。 これはどういうことなのでしょう。なぜなのでしょうか。 わたしは、父のようになろうと懸命だった子供の時分を誇りに思っていますけれど、それだけじゃなく、なにか別のコトガラを学んでおけば、今が違った、そのような時間についても考えるわたしの表情が、もしかしたら、あなたがおっしゃるような、はにかむ狂気として、ブラウン管を突き抜けて誰かを撃っていないか、テッポウはテッポウ、シコるばかりが能じゃないとはいえ、基礎は基礎なのです。 そうでした。 わたしは小さいときから鉄砲を撃ちシコりまくってばっかりだったので分からないのですけれど、気づいたら詩法を鉄柵のような注連縄に囲われた大柄だったものですから、わたしにはどうして、眺める「虚空な人」が虚空を見せず、じゃあどういう人を眺めたときに「虚空」を感じるのかということが、まだわからないのです。わたしは踏み外せないのです、ずっと踏み外したらいけないといわれてきた、あなたは、一歩踏み出して、こうして、わたしに手紙をくださったあなたならお分かりなのではないかと思って、お返事を書くこの欄に、うっちゃり、お尋ねした次第です。わたしは、そうですね、やっぱり、わからないですけれど、さきに書いた、山の、海の、川の、神様がいらして、そこに、それは神様と呼ばなくてもいいと思うのですけれど、シコって、鉄砲して、ハル、いつでも、囲われているのでした、踏み外しでもしたら黒く塗りつぶされてしまうのです、だとしても、わたしの名に神様があって、山間の、こくうは、それがたとえ、虚しく、空である、虚空であるとしても「空=から」として確かめられるならば、おそらく、おそらく、と、ここまでは続くのですけれど、やっぱり、わたしには、ここまでしか、いま、わからないようです。あなたのほうが必ず、上手です。だから下手を取らずにハル、そうでなく、春、大阪でお会いできますか。ドサクサにまみれなければ真冬に裸はとても寒いのです。曲げられないことだってある。椿油について書かれた詩を諳んじます。 それと、こくう物語のあとは、ぜひ、ますむらひろしのアタゴオル物語を読んでみてください。そして、読み終えたこくう物語とアタゴオル物語を、弟さんに薦めてみてください。突っ張っている彼のことですから、突き返してくるかもしれない、投げ棄てられてしまうかもしれないけれど、きっと、あなたもおわかりのとおり、だいじなのは、いちど、にど、さんど、よんど、いくどだって繰り返すこと、ずっとそばにいるのだと、あなたがわずらわしさをどれだけ感じているとしたって、わたしはあなたを諦めたりしないのだと、彼に、弟さんに、伝えていくことですよね。 投げ棄てられた本が、もしかしたら弟さんの手に取られ、読まれることがあれば、すぐではなくたって、いつか、こくうと、アタゴオルの、ふたつのお話が、こくう物語とアタゴオル物語が、別々の作者に描かれているのに、どうして隣あっている街の物語のように伝わってくるかについて話しができるかもしれません。 とはいえ、あなたに、弟さんとの、こういったやりとりを、薦めておいて恐縮なんですけれど、わたし、もう諦めてしまっているんでした、いえ、そうじゃなくって、かなしいとか、そういう、むなしいとか、からっぽだとか、そういった感情では、もう、つっぱりでなく、ただ、そうでないのですけれど、だからきっとこうしてあなたに語りかけているのでしょうけれど、わたしと、あの、チャンチャンにコえた、まんまるな残念な兄とが、やらなければならなかった、ぶつかり稽古のようなこと、せずに、あなたと、あなたの弟さんならば、今よりもっと、きっと、あなた達、仲良しになれます。それこそ、F3のチャンバーとM3のチャンジーになるまで、ふたりずっと一緒でしょう。 強い父がいて、浮気な母があって、根がボンボンなわたしは、ひとり、こくう物語の弟のように、あなたの弟のように姉があったら「ねえちゃん 山のカミナリってスゲーぞ 全部の木に一本一本影がつくんだぞ(p223)」なんてはしゃげたのかもしれないなんて羨ましくもあるのです。あなたならここで、だから年上女房だったんですね、なんてイジワルを言うかもしれない、そんな、ふふふ、気持ちよくなってしまいますよ。それに、ときどき行きつけの整体の先生に尋ねてしまうコトだってあります。あのまま結婚してたとしたら、ねえセンセ、おれリエと一緒になってたらどうだったかな、なんて、あ、いけない、ケイコが呼んでいます。 フェイクファーの麻里さま、お便りありがとうございました。 よいことありますように。 ------------------------------------------------------------------------------ 黒川直樹 ( 妄想劇場支配人 http://d.hatena.ne.jp/kurokawarcanaoki/ )
by critique_gips
| 2009-02-08 21:42
| 大体アラザルが毎日批評
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